« 金魚の病気 | メイン | ゴリラ »

ポールマッカートニー

ポールマッカートニーを知りはりまっか? いや、知らん人のほうがちびっとのんとちゃうか思うほどに有名なロックミュージシャンやけど、そやけどアンタ、ここではそのポールマッカートニーについての情報を集めてんだんや。ポールマッカートニーについていろいろ語っとりまんねん。



ポールマッカートニーの軌跡

ではポールマッカートニーの歴史を年代別に振り返っていきまひょ。

■ポールマッカートニーとビートルズ

まずポールマッカートニーというたらビートルズのメンバーやったことがあげられはります。当時同じビートルズのメンバー、ジョンレノンと一緒に次々と名曲を書き上げて行ったんや。もちろん作曲だけやのうてそのベース奏者の腕前も評価されとったんやが、その他にも色々な楽器をプレイできるマルチな才能を見せとったんや。

■ポールマッカートニーとウィングス

ビートルズが解散した後、ちうかポールマッカートニーがビートルズを脱退したさかい解散になりよったのやけど、ポールマッカートニーはウィングスちうバンドを組んだんや。1970年代に絶大な人気を誇ったんやが、ポールマッカートニーが成田空港で、たいま所持で捕まりよったんを原因に解散の道をたどったんや。

■ソロプレイヤー・ポールマッカートニー

ウィングス以降ポールマッカートニーはソロ活動に入ったんや。ソロでもポールマッカートニーの才能は開花し、ヒットをとばしましたわ。せやけどダンさん、ジョンレノンの訃報を聞いたポールマッカートニーはちーとの間の間このソロ活動からも遠ざかってしもたのや。その後復活したポールマッカートニーは映画の監督を務めたりもしたんやが、オノレが歌った主題歌は評価されたもんの映画は芳しくなく、きょうびからポールマッカートニーの不遇が始まったんや。

■不死鳥・ポールマッカートニー

せやけどダンさん、不遇をそのまんまで終わらせることのへんかったポールマッカートニーは復活に性交...ひひひ,ウソや,成功、もっかい世界のトップチャートに返り咲き、世界ツアーも性交...ひひひ,ウソや,成功させたんや。ほんで今ではギネスブックに「世界で最も性交...ひひひ,ウソや,成功したポピュラー音楽家」として記載されとるのや。

ポールマッカートニーの作品群

こうしてポールマッカートニーは次々新しい作品を生み出し、ヒットさせてきましたのや。この項ではそれらのタイトルを年代別に紹介しまっせ。

■ビートルズ時代(1960~)

イエスタディ、レットイットビー、ヘイジュードやらなんやら。この時代は頼もしい仲間でありライバルやったジョンレノンとの競作により次々と名作を書き上げていきましたのや。親しみやすさが当時のポールマッカートニーの音楽スタイルやったようや。

■ウィングス時代(1970~)

ビウィングスではポールマッカートニーはリーダーを勤め上げとったんや。この当時の作品は妻なんやし、バンドメンバーやったリンダマッカートニーが出産したやらなんやらのことがあり、初期のころはそれに見合った、幸福を思わせる曲が多かったようや。この当時のアルバムにはバンド・オン・ザ・ランやヴィーナス・アンド・マースやらなんやらがおます。

■ソロ時代

スティービーワンダー、エリックスチュワートやらなんやらと共に演奏し、中でもポールマッカートニーとマイケルジャクソンの共演作が収められはった「スリラー」は史上最も売れたアルバムとなり、映画「やあ! ブロードウェイ」では監督兼主役兼主題歌演奏ちうマルチ活動まで行おりましたわ。この当時の作品には「タッグオブウォー」「パイプスオブピース」「アンプラグド」やらなんやらがおます。

ポールマッカートニー替え玉説

1969年にイリノイ州である学生新聞が「ポールマッカートニーは交通事故を起こし、今おるポールマッカートニーは替え玉であるんや」ちう説を発表したことに端を発する「ポールマッカートニー替え玉説」ちうのがおます。くだらへん、とされる一方でいくつかの暗示があるとされて息の長い論争になっとりまんねん。結構おもろい思うさかい、お話のタネとして書いてみまんねん。

■ポールマッカートニー替え玉の根拠

ポールマッカートニーが替え玉であるとぬかす論拠をいくつか抜き出して見まひょ。実際はこのほかにもようけの論拠が示されとりまんねん。

  • 根拠その1
  • アルバム「サージェントペパーズロンリー・ハーツクラブバンド」においてジャケット写真では、ギターが花で飾られとるが、こらポールマッカートニーの物なんや。ポールマッカートニーと同じ左翼利き用であることが根拠。

  • 根拠その2
  • 同アルバム裏側のジャケット写真ではポールマッカートニーだけが後ろを向いており、体型がまるっきしちゃう。

  • 根拠その3

  • 同アルバムに収録されとる作品には交通事故を歌った物があるが、こらほかでもへんポールマッカートニーが起こした事故について歌っとる


  • 根拠その4

  • アルバム「アビーロード」のジャケットで、本来左翼利きのポールマッカートニーが右翼手で一服してん


  • 根拠その5

  • 同アルバムでビートルズのロゴにヒビが入っており、ビートルズ分裂を示唆してん


    ・・・やらなんやらやらなんやら、こじ付けからなるほど思う物まで実にようけの根拠が示されとりまんねん。興味があればねちっこく書かれたサイトを探してみておくんなはれ。

■ポールマッカートニーの反撃

ポールマッカートニーは記者会見でそないなことは無い、と断言してるんや。1993年発売のアルバムではタイトルを「ポールイズライブ」(ポールは生きとる)を発売したんやが、そのときのジャケットにはアルバム「アビーロード」のジャケットをパロディした物になっとりまんねん。さて、ポールマッカートニーは替え玉か本人か? 調べてみるとちーとばかし楽しみがあるかもしれしまへん。

About

2007年06月16日 12:54に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「金魚の病気」です。

次の投稿は「ゴリラ」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。